『田中博康調教師の経歴が超人的だったのでビックリした!』田中洋平

いつもお世話になっている競馬の天才!
2022年7月号に、田中博康騎手の特集記事がありました。
田中博康調教師と言えば、
やはりエリザベス女王杯のクイーンスプマンテでしょう。
テイエムプリキュアと2頭でそのまま逃げ切り、
馬連10万2030円の高配当を演出!
テイエムプリキュアの名前もインパクトがあるので、
私はこのレースを強烈に憶えています。
今回改めて田中博康調教師をウィキペディアで調べてみると、
中学3年のころから乗馬を始めたみたいです。
そこから競馬学校を志すも願書提出が間に合わず、
高校に通いながら、競馬学校の試験勉強をしていたらしく、
高校1年は落ちたけど、高校2年のときに合格!
と、ウィキペディアにさらっと書いていましたが、
これってスゴイですよね。
だって中学3年から乗馬をはじめて、
2~3年後には、もう競馬学校に入学しているわけ。
騎手になっている多くの人が、
関係者など競馬環境の中で育って、乗馬も子供のころから経験。
ジョッキーベイビーズなんかに出て、
バキバキに騎手を目指してきている人ばかりなのに、
中学3年に「騎手になろう!」と思って、すぐになれる職業ではない。
実際、毎年JRAの競馬学校には100~150名くらいが受験。
そのうち競馬学校に入学できるのは、たったの7名くらい。
ちょー!狭き門のようです。
ここにサクッと入り込めてしまうのですから、
タダ者ではない。
普通、無理でしょ。
中学3年生に野球をはじめて、
大阪桐蔭に入学しようとするも願書が間に合わず、
1年留年して、次の年に入学みたいな感じなのかな。
経験者からしたら、野球ナメんな!
というクレームを言われても仕方がないレベル。
でも、実際に入学できてしまうわけですから、
すべての能力が、ちょーハイレベルだったんでしょうね。
で、そこから2006年に騎手デビュー。
初年度は4勝だけでしたが、2007年は44勝。

2008年が22勝、
そして2009年が25勝で、この年がさっきのエリザベス女王杯。
クイーンスプマンテでG1を初制覇した年です。
このあと2010年は13勝と下降気味になったためか、
2011年4月から、年内いっぱいはフランスに武者修行。
2012年から飛躍を期待されたが、わずか2勝。
その後も、けっこう厳しい成績ですよね。
しかーしっ!
2016年12月に、2017年度の調教師試験に一発合格。
2017年2月28日付けで、騎手を引退。
行動はやっ!
2012年がぜんぜんダメで、
2013年は、騎手としてもっと頑張ろう!と思っていたはずです。
普通なら2014年も、2015年も、
馬主に挨拶回りをしたり、有力厩舎の調教を手伝ったりと、
騎手として活躍できる環境をととのえる努力をしていたはず。
なのに、2016年には、
もう調教師を目指して試験を一発合格している。
超人的な切り替えの速さ、です。
今回の競馬の天才!の記事を読むまでは、
それほど注目していない人でした。
ですが、私が間違っていましたね。
きっとこの人は、超人なのでしょう。
騎手なるスピード、調教師になるスピードの面もすごいですが、
厩舎開業5年目でJRA通算100勝。
これは関東の厩舎では2番目の速さらしく、
しかもノーザン系の馬が、あまり入っていない厩舎状況での達成。
これはスゴイことだと思います。
しかも現在36歳という若さですからね。
もう変態レベルだと言いたいところですが、
あまりにも失礼なので「超人」に認定しましょう。
田中博康調教師はこの先注目ですし、
競馬の天才!の田中博康調教師の記事も、
興味深いのでぜひご覧ください。
投稿者プロフィール

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田中洋平(日刊スポーツ公認のコンピ指数研究家)
かつてはダイニングバーの経営者だったが、現在は競馬研究ひと筋。「競馬最強の法則」の馬券ブラックジャーナルコーナーにおいて、2009年に逃げ穴馬馬券術を紹介。2010年には同誌にて「コンピアナライズを追え」で巻頭でデビューを果たし、2012年にKKベストセラーズより「新コンピアナライズ・ゾーンレベル」を出版。現在は日刊スポーツ公認のコンピ指数研究家として日刊公式ウェブサイト「極ウマ・プレミアム」にてコラム、テクニカル6を連載中。また重賞特集号として日刊スポーツが発行しているタブロイド紙のコンピ予想も担当している。
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